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  • Aiko Ikeda

file.04 井上 俊一Shunichi Inoue

生産から加工・販売までの小規模クラスターを玄海町で実現!

~薬用植物栽培研究所から広がる町の未来~


ジャパン・コスメティックセンター(以下、JCC)が推し進める“唐津コスメティック構想”のなかで、重要な生産拠点でありパートナーとなっている地域が、唐津市の隣にある玄海町です。

そんな玄海町の役場からJCCに出向してきているのが、今回取材させていただいた井上俊一さん。親しみやすい笑顔が印象的な井上さんに、玄海町にある薬用植物栽培研究所を案内していただきつつ、JCCでの仕事内容や地元への想い、今後についてなどを語っていただきました。



安心・安全な“薬草の町”へ

佐賀県東松浦郡玄海町。玄界灘に面し、浜野浦の棚田などで知られる自然豊かなこの町に「薬用植物栽培研究所」(以下、薬草園)はあります。

2013年にJCCが設立される以前、2008年から玄海町では薬用植物の栽培が九州大学と共同で始まっており、2011年には待望の薬草園が設立されました。


高齢化が進む近年、日本における健康志向の高まりには目を見張るものがありますが、新型コロナウイルスの流行により、その傾向にはますます拍車がかかっています。


―こちらではどのくらいの薬用植物が栽培されているのでしょうか。


井上:敷地内で栽培されているのはだいたい200種類ぐらいですね。自然由来の漢方薬は人気があるんですが、実はその原料となる生薬はほとんど輸入に頼っている状況で、国内の生産量は1割ほどといわれています。国内需要の高まりもあり、自給率を上げるために日本各地でその土地にあった生薬を育てる取り組みが広まっているんです。

玄海町では、薬草園を核として、除草剤や農薬を使わず、安心・安全かつ高品質な医薬品や生薬製剤の原料として使用されるように、町内の栽培農家さんへの技術指導なども行っています。薬用植物は、薬としてだけでなく、健康食品やコスメ原料としても親和性が高いですから、当施設が玄海町にあったことが、唐津コスメティック構想が現実化したきっかけの一つになったと聞いています。


―そういった経緯もあり、玄海町役場の方がJCCに出向されているんですね。


井上:出向は私で3人目なのですが、縦割りの行政区分のなかではなかなかできなかったことが、JCCに出向したことで、より連携なども取りやすくなって進められてきました。唐津市の職員さんとコミュニケーションを取らせてもらうのは私にとって財産ですし、そういうものを持ち帰って、玄海町と唐津市とが今後もっと連携できるような体制につなげられればと思っています。


玄海町の薬用植物栽培研究所

週の半分ほどを唐津市内にあるJCCの事務所で、残りの半分を玄海町の薬草園や栽培農家さんのところで過ごしているという井上さん。公務員としてはかなり特殊な立ち位置ではありますが、現在のJCCでの仕事についてうかがうと、「めちゃくちゃ楽しいです」という答えが即座に返ってきました。



自問自答を繰り返してたどり着いた「玄海プロジェクト」

―前々から打診があったり、希望をしてJCCに来られたわけではないんですよね?


井上:そうです。いきなり「明後日からあそこ行って」みたいな感じでしたね。いままで化粧品を買ったことも、もちろん使ったこともありませんでした。そもそも薬草事業を町でやっているけれど、薬草のことも知らなかったですし、「JCCって何をしてるんだろう」というのが正直なところでした。ですから、最初は本当に何をやったらいいのかわからなくて悩みました。

もちろんこれまで培ってきた、玄海町の生産者さんたちと原料を必要としている企業さんとを繋いでいくといった仕事はあったんですが、JCC前事務局長の八島さんからは「玄海町にプロットしたことなら何してもいいよ」と言われまして。


―1番困るやつですね(笑)


井上:そうなんですよ(笑) 玄海町プロジェクトとしてやりたいことを企画書にして、半年間出し続けました。いろんな角度から方向性を探っていったんですが、結局OKは出てないんですよ。でも、ダメともいわれない。半年ぐらい八島さんにずっとプレゼンをしたんですが、最後には「誰に何を言われても、自分が信じることをしよう」と思って、「こうします」と言ったんです。


―答えは出ましたか。


井上:玄海町にとって何が必要かを考え続けました。最終的に行きついたのは、玄海町のなかで小さな“クラスター”をつくる、ということ。本当に、ミニミニミニ、くらいの小規模なものですが、生産から加工・販売までというサイクルを町のなかでつくって、かつそれを経済活動に落とすという点では、一応形になる目処がつきました。地元の企業さんが加工部分で協力してくれることになり、販売までのサイクルが回り始めています。やはり、実際に自分の手で作ったものが消費者の手に届いてダイレクトに反応が返ってくるとやりがいに通じますし、事業としての継続性にもつながりますよね。

2019年の4月にJCCに出向になりましたから、2年かけて少しずつ進んでいます。



公務員としての原点は“かっこいい”同級生

玄海町住民の暮らしのために活動する井上さんですが、当初地元での就職はまったく考えていなかったそう。大学を出て働く予定だった東京の会社が、なんと入社直前に倒産。帰郷を余儀なくされました。


井上:恥ずかしくて家に引きこもってずっと勉強してました。そしたら、高校卒業後こっちに残って仕事をしていた同級生が、地区の青年団とか消防とか、お祭りとかの行事ごとに引っ張り出してくれたんです。で、そいつが地域のコミュニティーのなかで上からも下からも頼りにされている姿を見たんです。それがものすごくかっこよくて。地元でこういうふうに輝けるのか、と驚きました。大学までは自分のことしか考えていなかったんですが、そいつみたいになりたいと思えたんです。


―意識がガラッと変わったんですね


井上:はい。かっこよく言うと、公務員ってその地域住民の方々のために仕事をするんですが、私の公務員としての原点は彼ですね。本当に感謝しています。


その後、公務員試験に合格した井上さんは、玄海町役場で働き始めます。福祉なども担当し、地域住民の“声”に耳を傾けてきました。



生産者さんたちと企業をつなぐ

薬草園で試験栽培がおこなわれている薬用植物のうち、すでに製品化されているものも出てきています。現在、玄海町では13軒の栽培農家の協力により、甘草やドクダミ、大和当帰(ヤマトトウキ)、ホーリーバジル、芍薬などが栽培されています。


―基本的には無農薬でつくられているんですよね。


井上:はい。ですから、除草作業が一番大変なのですが、野菜作りなどと比べると薬用植物は手間がかからず、しかも安定的な収益と耕作放棄地の利活用といった点から、農業振興につながるとして農家の方にも興味を持っていただいています。

現在10社ほどの企業様と取引をさせていただいているのですが、必要量にあわせて次年度の作物の選定なども農家さんと相談して進めています。行政がフロントに立つと、どうしても主体性が損なわれますので、JCCに来て気をつけているのは、信頼関係を築いた企業様にきちんと満足していただくために、こちらで責任をもって主体性と継続性を担保したうえでマッチングするということです。行政ももちろん一緒にやっていきますが、生産者さんや加工業者さんに自覚と責任をもってやっていただく、というところを非常に大事にしています。


大和当帰を収穫する玄海町の生産者さんたち

積み重ねてきた“玄海町の原料”への信頼

―原料を提供するのは企業の方が相手ですから、厳しいこともいわれますよね。


井上:一般の企業様とやり取りができるというのは貴重な経験ですね。基本的に役場にいると発注する立場になりますから。受注する立場でのやり取りでは、信頼関係を築いてからの取引になりますので、やはり時間がかかります。

首都圏とか福岡県の普通の一般の消費者と接する機会もたくさんいただいて、原子力発電所のある町に対するイメージも含めてご説明しますし、それでもうちの生産者さんたちが育てた原料を使いたいという方がいてくださるので、そういうお客様を大切にしなければと思います。


―現在コスメ原料として何種類くらいの薬用植物が使われているんでしょうか。


井上:実際に商品化されているのは3種類ですね。商品化が決まったものがさらに2種類あり、だいたい7種類ほどが開発段階も含めてご使用いただいています。生薬については薬機法により価格が決まっていますが、同じ原料でもコスメに使われる場合は生薬より単価が高くなるのがありがたいですね。



「玄海町でよかった」と思える町へ

生産者さんたちと企業とのマッチングの他にも、玄海町で採れたハーブのPRをイベントで行ったり、地元の保育園などに赴き、子どもたちに薬草園で摘んだハーブを使って敬老の日のプレゼントを作ってもらったり、町内のロードレースで勝者に送られるオリーブ冠などを提供したりと、玄海町の人々の暮らしの中に薬用植物を根付かせる取り組みにも力をいれています。


オリジナルハーブティーのワークショップの様子

参加者によって仕上がるハーブティーはそれぞれ

―井上さんもいろんな活動をされてますね。


井上:呼ばれればどこでも行きます(笑) 真面目な話、漢方などで町おこしをしようとすると、どうしても年齢層が高くなってしまうのですが、コスメという切り口で行うとイメージもよく若い世代にも興味を持ってもらっています。それは、町の活気にもつながりますし、経済活動にもむずびついていることをもっと知ってもらえれば、継続性も確保できるのではないでしょうか。


―たしかにそうですね。最後に、井上さんの夢を聞かせてください。


井上:個人としては、3人の子どもをしっかり育てることですね。あとは、仕事としてというか、いま薬草園に「玄海淡雪」という玄海町にしかないヤブツバキが保存されているのですが、それが今後増えて、10年後20年後に町のシンボルになっていってほしいと思っています。椿油が採れるとなおうれしいですね。また、玄海町に住んでらっしゃる方々に、玄海町でよかったねという実感をもってもらえるようにしていきたいです。


玄海町の人口は2021年2月現在、約5400人ほど。高齢化や過疎化も地域課題としてあげられますが、井上さんの顔には悲壮感はなく、次はこうしよう、といった地域における自分の責任と希望が感じられました。それは、JCCというもう一つの“場”を経験したことによるのではないでしょうか。


前述した通り、“薬草を使った町づくり”は日本各地で行われていますが、なかなか生産者さんたちが望むような報酬が得られず、撤退するところも増えてきています。JCCの唐津コスメティック構想による生薬以外での販路開拓の取り組みは、今後玄海町のみならず、日本各地で重要性を増していくのかもしれません。


TOP PHOTO:Koichiro Fujimoto

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